Life review

「やられたほうにも原因がある!」←モヤモヤするなー

欠点ばかり指摘する人 https://www.peetaaan.com/petan-thinking-3551 欠点ばかり...

こんにちは、pettanです。

わたしたちの日常には、さまざまな出来事があります。その中には、納得がいかないことや、理解しがたいことも。

今回は、「やられたほうにも原因がある」と言われたらおしまいだなと思った出来事について、私の体験をもとにお話しします。

日常の中の“理不尽”を感じる瞬間

子どもの小さな出来事から見える大人の判断

先日、子どもの学校であった出来事をきっかけに、先生の判断について考えさせられました。

子どもが帰ってくると、クラスメイトに嫌なことをされたと伝えてきたのです。内容は、教室から校庭に持っていた”ヘアピン”を投げられたとのこと。詳しく聞くと、投げた子は先生に怒られたそうですが、投げられたほうもヘアピンを手に持っていたことで怒られたそうです。

これにわたしは「はぁ!?」

先生からすると、投げた子も投げられた子も、どちらも何かしらの非があると判断されたのでしょう。しかし、わたしとしては、ふつうに投げた子が悪いのではないのかなって。だって、ヘアピンを手に持っていたら投げられるのが当たり前じゃないしね。

どう考えてもヘアピンを投げるほうが悪いでしょ。

投げられたほうを怒る先生にたいして疑問しかない。きっと先生はトラブルの詳細で判断してるのではなく、トラブルを起こした人たちは反省しろって話しなのかもしれないと思いました。

日常の中で見かける“理不尽”の例

この話は、ひったくりの犯人だけでなく、手に財布を持っていた被害者にも非があるという考え方に似ていると感じました。悪いことをした人が悪いのは当然。しかし、被害者が何かしらの注意(怒り口調で)を受けるのは、少し納得がいきませんよね。

とはいっても他人は変えられないので、トラブルに巻き込まれないための対策が大切になりますよね。

今回の学校の話だと、対策はヘアピンを手に持たないようにする。非がなくても、きっかけを作ったことを怒らちゃうから仕方ないですよね。

生きてると理不尽なことは多々あります。理不尽に対して冷静になれると生きやすくなるんでしょうね。

まとめ

日常の中で、わたしたちが感じる“理不尽”は数多く存在します。

しかし、その中でも、自分の感じる正義や価値観を大切にし、適切な判断や行動を選ぶことが大切です。

今回ことを経験して、わたし自身も日常の中での判断や行動について、考えさせられました。人それぞれ考え方は違うし、受け止め方も違う。折り合いをつけながら、うまく受け流せるようになるのもいいのかもしれないです。

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今回も最後まで読んでくれてありがとうございました。
では、また次回お会いしましょう。